和歌山県田辺市きものの丸三呉服店

丸三呉服店とは

丸三呉服店 概略

昭和21 年 和歌山県田辺市北新町に初代社長・糸川英一が丸三呉服店を創業。
昭和32 年 婦人服地店(現ブティック・マルサン)をオープン。
昭和38 年 丸三呉服東店(七五三・宮詣り・ミセスの洋服専門店)をオープン。
昭和45 年 神戸・三ノ宮 さんプラザ店オープン。
昭和51 年 第一回 糸川禎彦個展『想い』開催。
「白雪姫」「アルプスの少女ハイジ」「港神戸」等、夢のある独創的な着物を創作。
呉服業界はもとより神戸新聞社・各雑誌社関係にまで反響を呼ぶ。
昭和52 年 婦人雑誌『マダム』に二年間に渡り、着物専属コーディネータとしてグラビアを掲載する。
昭和53 年 3 月 神戸三ノ宮 センタープラザ西館店をオープン。

4 月 久保田一竹「一竹辻が花」との出会い。
季刊「銀花」の一竹辻が花を見て感動し久保田一竹氏に作品制作を依頼する。

5 月 前社長糸川英一の意思により生まれ故郷である中辺路町の公民館に子供達の為の図書購入資金(毎月十万円)の寄贈を開始する。
後に『糸川文庫』と命名され、現在も続けられています。

昭和54 年 特別逸品会を京都「一力茶屋」にて開催。
この時呉服業界で初めて、久保田一竹・辻が花染めを発表する。
昭和56 年 4 月 第一回 人間国宝展を開催。
山鹿清華 芹沢銈介 皆川月華 木村雨山 森口華弘 中村勝馬 由水十久 先生等。
その他超一流作家の作品を日本で初めてのスケールにて展示。
久保田一竹先生、北村哲郎先生(元上野美術館館長)を始めとする多方面から絶賛の声を頂く。
この催しをきっかけに「辻が花」が全国的なブームとなる。

4 月 現在染色文化協会を設立 代表理事となる。

5 月 多くの国宝作家や有名作家の作品を一堂に集めた作品展「名匠展」を日本経済新聞社後援にて東京目白「菖蒲園」にて開催。

9 月 「ベーシック・スワトウとの出会い」を開催。
※ 日本で初めて着物に中国蘇州の汕頭刺繍を取り入れ発表。
以後業界では大変な中国刺繍のブームを呼び起こしました。

昭和57 年 4 月 第二回人間国宝展を開催(銀座松屋協賛、日本経済新聞社後援)
昭和58 年 『夢とメルヘン』と題し、岩崎ちひろ・永田蘭の世界をモチーフにしたコレクションを発表。
昭和59 年 伊豆蔵明彦「組み織りの世界」を発表。同時に着物のパターンを洋装に取り入れた「シルクニット」を発表。
昭和61 年 『日本の風・光・音・彩』を神戸国際展示場にて開催( 神戸市後援)
デモンストレーションとして「ギネスに挑戦、世界一大きな着物」を制作発表。
古来より天皇家の特定色彩とされる「麹塵染め」を発表。
昭和62 年 京都に着物専門の制作工房『㈱貴久樹』を発足、オリジナル商品の製作を開始。
昭和63 年 7 月 前社長・糸川英一他界。

9 月 糸川禎彦 社長就任。

平成元年 神戸三ノ宮センタープラザ東館に「エスノ・イトカワ」
(エスニックをテーマにした専門店)をオープン。
平成4 年 インドとの貿易を開始、世界唯一の黄金色の天然繭『ムガシルク』を始めとし、世界一の獣毛シャトーシュ、パシュミナの輸入販売を開始。
平成7 年 阪神大震災により神戸店全店が被災し倒壊するが、
半年後に新装し営業を再開。
平成8 年 ムガ製品、パシュミナ製品の開発に成功、プロモーションを本格的に開始する。

9 月 東京 三井クラブにて、ムガ製品を中心としたインドアイテムの展示会を開催。
大内順子さんとの対談や百人以上のファッション記者が来場する等、話題の展示会となる。

平成10 年 パシュミナショールのブームが欧米を軸に日本中に波及する。 
その時パシュミナブームの先駆者として当社社長がテレビやマスコミの話題となる。
平成11 年 神戸三ノ宮にパシュミナの専門店「パシュミナショップ・イトカワ」をオープン。
平成15 年 京都室町にて高級呉服専門の卸問屋「アイ アンド アイ」を設立。
平成17 年 4 月 神戸元町一番街に大規模な呉服の専門店(着物のデパート)着物百科イトカワをオープン。
平成18 年 創業六十周年を迎える。
9 月 東京銀座の銀座画廊美術館にて「物故作家十人展」を開催。
平成24年 社長 糸川禎彦が手掛けてきた作品を本にまとめて出版「神戸キモノ物語」